2017.03.24

Poses ポーズ

Kanzakura

寒桜が夕暮れに紅く染まってるのを見つけました。

ソメイヨシノが咲くまでの早春という季節。まだ始まらない何かを待っているようでいて、でもその何かが本当に待っているものではないような予感もあったり・・。不安定な心持ちを楽しみながら過ごすのもいいもんです^_^

Rufus Wainwright の「Poses」、これは秋の風景なのですが、今にぴったりな感じがしたので訳してみました。

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Poses
ポーズ
(Rufus Wainwright)

黄色い壁にはポートレートが並んでいる
そしてぼくは 新しい赤いイカした皮のジャケットを手に入れた
このポーズたち こんなに美しいポーズたち
どんな少年も 薔薇を摘んでいるような気分になる

他の何よりも重大な問題だった
僕らの最新ブランドの名前の黒いサングラスが
このポーズたち こんなに美しいポーズたち
どんな少年も 王子のように綺麗になった気分

緑の 秋に向かう公園たちが 指揮をして
すべての街路が 見事なコーラスを歌う
このポーズたち ああ、ぼくのせいじゃない
人生はゲームで 真実の愛がトロフィー

で 君は言った
頭に気を付けてと
ベイビー 君は言った
頭に気を付けてと
ああ いや
違う ふさけてなんかないさ


何パックもの理由のなかに寝そべり
煙へと日々は消え 夜になる
古典的な責め苦の このポーズたちが
果樹園の蛇のように 僕の心をだめにする

今すぐ誰かになりたくなって 外に出た
ぼくは酔っている 雪駄をひっかけ フィフス・アヴェニューで

いったん古典的な美徳から落っこちたら
朝起きておまえをを抱きしめてくれる人などいなくなる

緑の 秋に向かう公園たちが 指揮をして
すべての街路が 見事なコーラスを歌う
このポーズたち もう少年らしさはない
ぼくをひとりの大人に変え、ああでも 誰もそんなこと気にしないのか

で 君は言った
頭に気を付けてと
ベイビー 君は言った
頭に気を付けてと
ああ いや
違うんだ

そう 君は言った
頭に気を付けてと
ベイビー 君は言った
頭に気を付けてと
頭に気を付けて
ああ いや
違う
ふさけてなんかないさ


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普段はわりと言葉通りに訳すのが好きなのですが、今回は意訳が多くなりました。取り方によっては全く逆の意味になるところもあるんですけど、エイヤーでいきました、、

言葉にはあらわれない気配があります。だらだらと連なる歌のフレーズと一体になって、"第六感を使え"と言ってくるようです。

のらりくらりと知的に語ったあと、突然高貴なメロディにのせてわけのわからないサビが歌われます。

何かおちゃらけた、大事な意味があるようで実はないような。。井上陽水が最後に"傘がない"というオチでみんなを考え込ませてしまうような、ワープ技じゃないでしょうか・・。

ルーファスは若いときNYのチェルシー・ホテルに一時期住んでいたそうで、その頃の心象風景だというような記事を読みました。彼がカバーしている、レナード・コーエンの「ハレルヤ」と同じように、旧約聖書から引いてきたくだりが魅惑的です。コーエンはチェルシー・ホテルに住んでいました。

春を待つけだるい季節。。この「Poses」という曲自体が、聴く人をそそのかしにやってくる怪しい蛇のよう。

flip-flap を雪駄と訳しました。アメリカ人にセッタはおかしいかなと思ったけど。。ルーファスにどことなく四畳半フォーク臭い、昔の若者みたいな雰囲気を感じるので。

このアルバムからもう十何年も経っていますが、変わらず発せられるだらしなさ、没落貴族のようなうす汚さとか(笑)、天性のものでしょうか。何より、リアルタイムで輝きのあるポップソングを作ってくれる、数少ないソングライターです。
 
 

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2015.08.09

A Paz 平和

Dois

7月中、カエターノとジルベルト・ジルのフェイスブックはヨーロッパツアーのレポートで大盛り上がりでした!
公演がひとつ終わるたびにハイライト動画が公開されたり、列車で移動する様子、ホテルで食事してる様子、もうなんか一緒に旅してるような気分で。。毎日見てニヤニヤしておりました。

73歳であれだけの都市を回る体力と気力にも驚くし、動画では二人とも声もすごくよく出ていて、ミュージシャンの第一の役目は健全な身体を保つことだよなぁ~、とか思ってしまいます。

カエターノは少しぽっちゃりして普通のおじさんぽくなってきたようですが(すみません、、)、ジルは相変わらずしゅっと痩せて修行僧のよう。ギターの名手ぶりも際立っていました。

日本にも二人で来て欲しいなぁ。そしてもし来てくれたら、「A Paz」を歌って欲しいと思いました。


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A Paz
平和
(Gilberto Gil / João Donato)

平和が 突然に心のなかを侵略して
僕の頭を 平和でいっぱいにした
まるで台風の風が足元をすくうように
僕はもう地に足がつかなくなってしまう


平和は 僕が目指すところの平和を
革命の海で侵した
あの大きな爆発のように
日本に落ちた爆弾が
日本を平和にしたように


僕は僕のことを思った
僕は君のことを思った
僕は僕たちのために泣いた
なんという矛盾
戦いよってしか
僕らの愛は平和に保たれないなんて


僕はやってきた
岸辺のほとりで休もうと
そこで道は終わっていた
夕暮れ時は リラの紫色
波が僕に向かって砕ける
たくさんの「ああ」という声が嘆く


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ジルらしい、禅問答のような歌詞です。

この歌をうたうジルの声は、格別に優しい。。



 
 
 

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2015.06.26

É Doce Morrer no Mar 海で死ぬことは

Caymmi

この梅雨があけたら・・・カイミの海の季節です!

ということで、「É Doce Morrer no Mar」を和訳してみました

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É Doce Morrer no Mar
海で死ねたら幸せ
(Dorival Caymmi)

海で死ぬことは幸せ
青い波のなかで

彼が帰ってこなかった夜
それは悲しいものになった
ボートだけが戻った
私にとって悲しい夜

海で死ぬことは幸せ
青い波のなかで

ボートは夜に出かけて
夜明けに戻らなかった
素敵な船乗りを
人魚が連れ去ったのか

海で死ぬことは幸せ
青い波のなかで

愛する人は 青い波に
のまれてしまった
花婿の床についた
イエマンジャー(※)のひざの上で

※海の女神

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とてもシンプルで、悲しく美しい歌詞です。

Doce は「甘い」という意味なので、「気持ちいい」とか「素敵」という感じなんだと思いますが、日本語だとちょっといい言葉がないです。

カイミの歌に出てくる、海で魚を獲って一生を暮らす人々。二度と帰らなかった人は、海底の魔性に誘われて、苦しみのない国へ旅立っていったんだと・・

子供のときに読んだ、「人魚と赤いろうそく」など思い出します。

この曲はやっぱりカイミ本人の歌うのが最高ですが、同じくカーボ・ヴェルデの海の女、セザリア・エヴォラのバージョンも大好きです。
 
Cesaria


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2015.03.18

Diz Que Fui Por Aí どっかへ行ったと言っといて

Opiniao


「Diz Que Fui Por Aí」の和訳です。

失恋した男性のいたいけな感情が、可愛らしいですね。

主人公は"ボク"じゃなくて"オレ"、かなぁと思いました・・

ゼー・ケチはボーダーが似合いますね!手足の長い人が似合うんですね

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Diz Que Fui Por Aí
どっかへ行ったと言っといて
(Zé Keti)

もし誰かが俺のことを尋ねたら
ギターを小脇にかかえて
どっかへ行ったと言っといて

どこかの街角で立ち止まって
どこかの酒場に入ろう
もし気が向けば
もう一曲ぐらいサンバを作ろう

戻ってくるかと聞かれたら
「うん」と言っておこう
ただし サウダージを追い払ってから
サウダージを追い払ってから

相棒のギターもある
友達も沢山いるよ 人気者なんだ
仲間とともに明かす 夜明けもある

恋しさが俺を傷つける
胸がしくしく痛む
街に行ったり ファヴェーラに行ったり
俺はどっかに行ってるよ
ずっと彼女を想いながら
 
 
 

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2014.12.31

Maria Ninguém マリア・ニンゲン &動画

さて、この記事が年内の最後になると思います(今年もあと数時間・・非常にあせりながら書いています・・)

今年4月の三島「dilettante cafe and waltz」のライブから、動画をupしました。マツモニカ(harmonica)さんとのデュオです。途中、伊豆箱根鉄道の通る音も聞こえますよ。

ライブの日の日記は こちら からご覧ください。

Maria Ninguém

この日は昼夜ダブルヘッダーでかなりハードでしたが、こうやって記録を見返してみると演奏に覇気があり、熱心に聴いてくれるオーディエンスに恵まれていたことを実感します。。本当に一年ありがとうございました。

今年、ほかにも良い内容でできたライブがいくつかありましたが、動画アップは年内に間に合いませんでした。。
年を越しますがお目にかけられたらと思っています。

皆様良いお年をお迎えください^o^


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和訳
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Maria Ninguém
マリア・ニンゲン
(Carlos Lyra)

もっといい子がいるかも知れない
もっと悪い子もいるかも知れない、それでいいさ
でもこのマリアと同じ女の子は 世界中探してもいないんだ

普通のマリア
それはマリア、僕の彼女のマリア
僕はつまらない男じゃないとしても
僕のマリアは どこにでもいるマリア

普通のマリア
他の女の子とかわらないようなマリア
でもそこらへんの沢山のマリアよりも
ちょっといいところがあるんだ
よそのマリアは冷たいし マニアばっかりだし
名前に反して中身がなかったりするもんだ

普通のマリア
こんな掘り出し物を授かるやヤツはそういない
大勢でマリアを呼んだって
マリアは出てこないもんだ

普通のマリア
それはマリア、僕の彼女のマリア
僕はつまらない男じゃないとしても
僕のマリアは どこにでもいるマリア


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2014.12.05

Ave Maria no Morro モーホのアヴェ・マリア

Avemaria

さて、いよいよ師走。。寒い夕暮れの街でクリスマスの飾りを見かけるようになりました。

昔は、キリスト教徒でもない日本人がクリスマスを祝うのは変じゃない?と違和感あったのですが、最近は、どこの国の神様でも目に触れた時にふと厳かな心持ちになったりできるのはいい事だな、と思います。

写真は、何年か前のクリスマスに知人Kさんからいただいたミニチュアの置物。手のひらにおさまるぐらい小さくて、細工の素朴さがいい・・。馬小屋ならぬ、ギターの中の生誕。。

今日は、エリヴェルト・マルチンスの「Ave Maria no Morro」を和訳してみました。

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Ave Maria no Morro
モーホのアヴェ・マリア
(Herivelto Martins)

トタンでできたバラック小屋
屋根もなく 絵もかかっていない
モーホ(*)では
バラックがバンガロー

そこには
高層ビルの幸せはない
なぜなら モーホの人達は
もう天の近くに住んでいるから

夜明けがある 鳥たちがいる
日が昇る
雀たちのシンフォニーが
日暮れを知らせてくれる

モーホの皆が
一日の終わりに
アヴェ・マリアの祈りをあげる

アヴェ、マリア
アヴェ

モーホの日が暮れる時
神様に祈りをささげる
アヴェ、マリア


(*)モーホ: リオデジャネイロの裏山にあるスラム地区。「丘」の意味。

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ジョアン・ジルベルトの演奏で聴けますが、ほかにも世界中で沢山カバーされています。

メキシコやグアテマラのスペイン語圏でも歌われるし、オペラの歌手も歌っています。それから、スコーピオンズのバージョンもあります(ドイツのバンドだったんですね!)。

私もこの曲が大好きで、ライブの始めに何となく落ち着かないとき、この曲からスタートすると不思議に安定剤のような役目を果たしてくれます。


 
 


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2014.10.22

Estrada do Sol 太陽の道

Img_20141014_065229

こないだ台風一過の朝、空が綺麗なのに気づいて外に出たら、色とりどりの葉っぱが澄んだ水たまりに浮かんでいました。

そのときに思わず口ずさみたくなった歌、「Estrada do Sol」和訳してみました。

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Estrada do Sol
太陽の道
(Tom Jobim/Dolores Duran)

朝が来た
太陽がのぼり
でも昨日降った雨のしずくが
まだ輝いている
まだ踊っている
強い風に吹かれて
それがこの歌を連れてきた

手をつないでおくれ
どこかに出かけよう

過ぎたことを考えずに
夢見たことも 泣いたことも 悩んだことも
だって二人の朝が
忘れさせてくれたから

手をつないでおくれ
太陽を見に出かけよう

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ジョビンの作品の中でも好きな曲で、デュオやトリオの時には本当によく演奏しています。特にピアノで美しくなる曲ですね。

ドロレス・デュランの詩はメロディに素直に乗るので、気持ちよく歌えます。
 
 
 


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2014.09.15

Aquarela do Brasil ブラジルの水彩画

Aquarela1
from Saludos Amigos (1942)


秋らしくなってきました。三連休、みなさんはいかがお過ごしでしたでしょうか?私は今月前半はライブがないので、ギターをじっくり練習したりしていました。

ひさびさに歌詞の和訳コーナー、「Aquarela do Brasil」を訳してみました。

ブラジル音楽を歌い始めたとき、この曲に憧れて早々に覚えたのでした。長い大曲を淡い色の夢のように軽快に作り変えてしまった、ジョアン・ジルベルトの、あの魔術に憧れて・・・


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Aquarela do Brasil
ブラジルの水彩画
(Ary Barroso)

ブラジル 我がブラジルのブラジル
憎らしい私のムラート(*)
あなたに歌おう この詩にのせて

ブラジル サンバを奏でる
体を揺らすリズム
ブラジル わたしの恋人
私達の主の国

過去のカーテンを開けて
黒い母(**)を林から連れ出そう
コンゴの王様をコンガード(***)に祭ろう

吟遊詩人よ 再び歌え
哀愁の月の光へ
ありったけの愛の歌を

私は会いたい
レースのドレスを引きずって
サロンを渡り歩くご婦人に 

ココナツのなるヤシの木たち
そこでハンモックを吊ろう
月の輝く夜に

ささやくようにそよぐ泉
そこで喉の渇きをいやそう
月も遊びにやって来る

ああ、美しく小麦色のブラジル
我がブラジルのブラジル
サンバとパンデイロの国

ブラジル 素敵で美味しい国
屈託ない眼差しの
美しいモレーナがいる国

ブラジル サンバを奏で
世界を驚かせる
ブラジル わたしの恋人
私達の主の国

(*)白人と黒人の混血の人
(**)白人の家庭で乳母の仕事をした黒人女性
(***)コンゴの儀式から発祥した踊りやお祭り(ポルトガル領地であったコンゴから、ブラジル開拓時にコンゴ人が奴隷として連れてこられた)

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歌詞はいわゆるご当地ソングのような内容で、観光地の宣伝のようで最悪であるとも言われたそうですが、ブラジル音楽を初めて聴く人にとっては、このメロディとハーモニーはわくわくする未知の世界の絵巻のように感じられることでしょう。実際、私も最初に聞いた時、衝撃を受けたものです。。

ただ、弾語りで演るのには結構パワーを消費する曲で、なんとなく演奏する機会が少なくなってしまってますねぇ。。人のライブでこの曲が登場したりすると凄く嬉しくなるんだけど。

さて、一番上の絵は、ディズニー映画"Saludos Amigos"(邦題「ラテン・アメリカの旅」)より。

ところどころに実写が挿入されていて、南米を視察しに来たディズニーの制作スタッフがスケッチをする場面が素敵です。日本で人気のメアリー・ブレアの姿も見えます。


Aquarela2

ブラジルの章ではAquarela do Brasilが演奏されて、水彩画の筆で背景が描かれていきます!
 
 

 

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2014.01.19

Caminhos Cruzados 十字路

今年のライブ初めは日暮里のポルトから。良いスタートが切れました、ご来場ありがとうございました!

1月はジョビンの誕生月、ということで、ジョビンの曲を中心にお送りしました。

Image5

58年の作品、「Caminhos Cruzados」をとても久しぶりにやりました。歌うほどに、いい曲です。


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Caminhos Cruzados
十字路
(Tom Jobim /Newton Mendonça)

心が 苦しむことに疲れた そんなとき
苦しむことに疲れた もうひとつの心に出会う
それは考える時なのだ
愛が突然に やって来ることもあると

誰かが 別の誰かを恋しがっているとき
そして その別の誰かが分かってくれないとき
この新しい愛を 招き入れてみよう
泣かずにはいられないと思った後だとしても

なんて私は馬鹿だったのだろう
無駄に考えを巡らせすぎて
おいで 二人で一緒にやってみよう
新しい愛だけが 寂しさを消してくれるだろう


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ニュートン・メンドンサと一緒に作った曲は、やっぱり独特の雰囲気がありますね。

同じメロディから始まる3つのセクションからできている曲ですが、途中で違うように展開していきます。まるで、迷いながら作曲をしてる過程を全部並べてみました、的な。 

十字路に立つと、目の前には3つの道があるので、そういうことなのかな~。
ワンノートサンバ式でいくと、歌詞の内容も実は"作曲の方法"みたいなことを言っているように思えてきたりします。考え過ぎ・・・?

行きつ戻りつした後に、全てをバッサリ終わらせる、最後のフレーズ。高らかな鐘のようで素晴らしいです。これが"新しい愛"なのです!

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2013.03.21

Primavera 春

まるで5月のように暖かくなった今週、ありとあらゆる春の花が一斉に咲き出しました。

陽光を受けてたわわに広がる葉っぱや花びらを見てると、まるで自分の中にある何かが溶けて流れ出して、自分の形がなくなっていくよう。もぞもぞするような、声を上げて走り出したいような気分になりませんか?

ホーザ・パッソスの曲「Primavera」。歌詞が今の気持ちにぴったりなので、訳してみました。(難しかったので自信ないところもありますが・・)

Primavera


Primavera

(Rosa Passos/Walmir Palma)

一羽のナイチンゲールが 他の鳥たちを起こして
マエストロのように コーラスを指揮する
毎朝を描く絵師は あたたかい太陽
目覚めのくちづけで花々を誘い出す

途方もない魅惑の景色を窓から見やると わからなくなる
私の中にあるのは私のものか
それとも神の手によるものか 
私は今 9月21日(*)
春が来た
私の心は庭園になって明ける

いつになくアレグレットな調子で 蝶たちは
たくさんの花粉をまき散らしていく
肥沃な大地 それは幸福な母親 全てを受け入れる
この季節に契りが結ばれる 天と地の間で

花々のその魅力を 誰も描き得ない
モネのまぎれもない筆によってのみだ
またはストラヴィンスキーの狂った恍惚だけが
音のなかに春を創造することができる

しかし何とあでやかな女であることか 春は
夏の最愛の恋人である
そして秋は 彼女を愛するあまり死んでゆく
しかし彼女はひそかに冬を想っている


(*)ブラジルの9月21日は、日本の3月21日。


*  *  *  *  *  *  *  *  *

ホーザ・パッソスの一連のオリジナルは、どこか捉えどころのない雰囲気を持っています。すでに出来あがっている詩に後からメロディをつけているんではないかな?と想像していますが。。どうなんでしょうか。この曲は5つの段落からできているので、字余りのような構成になって、それが何とも良いです。

それにしても最後の四行の艶っぽさには、やられた、という感じですね。

四季をあらわすポルトガル語は、Primavera(春)、Verão(夏)、Outono(秋)、Inverno(冬)
このなかで、女性形なのはPrimaveraだけ。
それを三人の男性に囲まれた女性に例えるとは。。


こんな風に歌の詩を訳すのは、演奏することとはあまり関係なくて、私のささやかな趣味のようなものかも。

辞書をひいて言葉の意味がわかっても、それだけでは意味のわからない詩もあります。

何度も読んだり、字面を眺めたりしているうちに、全体の形があぶり出しのように表れてくる時が面白いです。日本語の詩でもそれは同じで、宮沢賢治のように、ぼんやりとあぶり出されてくるような詩があります。
 
 

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